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【解釈】人それぞれの解釈でこの世界は作られている【プロレス話あり】

勝ち名乗りを受けるプロレスラー 生き方
sinikolpos / Pixabay
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ケン

ストレスなく生きていくために大切な情報(身体・考え方・食・人間関係・働き方など)を発信中|会社員時代30歳〜約10年間のうつ経験|その後フリーランスとして瞑想・ヨガ講師8年 (RYT500 E-RYT200 YACEP)|YogaJaya Baseworks講師|東京都内を中心に各地でクラスやイベントを開催しています

この世界は、
人それぞれの解釈で作られている

というお話を、これからします。

 

ものごとに正解はあるのか・・?
ってことです。

 

正解なんて、ホントのところないよね。

完全で絶対的な、
これしかない!というような正解はない。

 

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【解釈】人それぞれの解釈でこの世界は作られている【プロレス話あり】

ここ最近、
これまでの人生を振り返る機会、
そして、
これから先のビジョンを思い描く時間を多く持つようになっています。

 

その中で、
頻繁にぼくの頭の中に現れるキーワードがありました。

それが、解釈

今日は、
その解釈ということについて考えてみたいと思います。

 

人生は解釈である

結論から言うと、

すべては人それぞれの解釈によって作り出されている

ということ。

 

人生も、

絶対的にいい人生
これとこれとこれに該当すれば、それは悪い人生

そんなものは、ない。

 

目に映るもの、関わる全てのものごとは、
人それぞれの解釈によって定義付けられ、
意味付けされているにすぎない。

 

たとえば、
ぼくの財布の中に1,000円札が一枚入っているとする。
(ホントはもっと入ってるよ笑)

この状況は、

くっそー、1,000円しかないぜ・・なんにも出来ないじゃないか・・

って人によっては思うかもしれないけど、

わあ、1,000円もあるのか!あれもこれも買えてラッキー!

って思う人もいるかもしれない。

 

つまりは、
その1,000円の状況や価値をどう解釈するかは、
人それぞれなわけです。

 

ここに、水の半分入ったグラスがあります

という話しを聞いたことがありますか?

その状況を、

半分も入ってる!と解釈するのか
半分しか入ってない・・と捉えるのか

というあれです。

 

そのものごとが、
良いか悪いか、ポジティブかネガティブかは、
人それぞれの解釈で、
いくらでも変わる。

 

プロレスは解釈である

またまたプロレスの話しで恐縮ですが、
(というか毎回プロレスの話しになるような気がしてきた笑)

ぼくがプロレスに惹かれ、
プロレスを通してものごとを理解している理由もこれです。

 

観る人それぞれが、解釈で遊べるんです

 

そこが、プロレスの面白くて奥深い部分。

そして、人生はプロレスだよなって思う所以。

 

プロレスは「闘う」ということを題材に扱っています。

闘うという設定があることで、
そこに喜怒哀楽や関係性やストーリーが生まれる。

 

勝敗というのは、
そのテーマ設定上の大きな要素のひとつではあるんだけど、
勝ち負けそのものには、あまり意味がない。

むしろ、
勝敗という要素は軸として機能します。

しっかりした中心軸があることで、
解釈の幅や自由度、立体度や複雑度を、
ブレることなく、安定感を持って拡げていける感じ。

 

しっかりとした固定された安心感があることで、
思い切った冒険やチャレンジができる。

 

試合に勝っても負けても、
そのシチュエーションにおいて最適な解釈をし、
どんな発言や次のアクションを取れるか。

そこにプロレスラーの力量が現れます。

 

同じように観客側にも、
どの視点から、どんな切り口から、
試合の勝敗をどう解釈するのか、
ということが問われる。

観せる側と観る側の共犯関係があってこそ、
プロレスのリアリティーと胡散臭さは、
いい感じで醸成されていくんです。

 

誰かの解釈を生きるな

人生に話しを戻します。

ぼくのこれまでを振り返ると、

・男なんだからこうじゃなきゃいけない
・社会人であればこれはしておくべき
・いい年をしてそんなことするんじゃない

というような、
誰かが決めた「こうあるべき」という定義やルール、
つまり解釈に、
長い間、がんじがらめに縛られていたなあって思います。

もちろん今もあるけど。

 

30代の、
生きてる実感を全く感じられなかった長く苦しい時代。

そこから出よう!
もう自分の思うように生きよう!

って思って仕事を辞めた時も、
解放感と同じくらい恐怖感が襲ってきた。

 

40間近なのに仕事をしていない
やりたいこともよくわからない

そんな状況が、
恥ずかしくて、かっこわるくて仕方がなかった。

無能感・無価値感がハンパなかった。

 

ヤバい!社会のレールからはみ出しちゃった・・
おれは価値のない人間なんだな・・

本気でそう思っていたし、
ものすごい不安と焦りを感じていた。

 

だから人と会うのがすごく怖かったし、
会う人会う人にウソをついて生きていた。

 

自分の解釈を信じろ!

そんな不安感にさいなまれながらも、
何とかしたい一心で、
思いついたことを一つ一つ、
これがやりたいのかな?っていうことをやり続けていきました。

そして、
ちょっとずつ謎が解けてきました。

ああ・・おれは、誰かがした解釈を、
自分のものだと勘違いして生きてきてたんだな

と。

 

勝ち組とは何なのか?何を持ってして負け組なのか?
仕事とプライベートの境界ってどこにあるのか?

男と女ですら、解釈の抽象度をひとつ上げればどちらも人間。

男はこうあるべき。

仕事、キャリア、交友関係、年収、

などなど・・

世の中が定義した多数決的な幸せ
誰かが決めた理想的な人生

Realy?

 

おれはどうしたいのか?
本当はどうなりたいのか?

自分自身の中心軸がないと、
人生は迷走してしまうんだな。

 

すべては人それぞれの解釈次第

ものごとというのは本来は全てニュートラルなものであるはず。

 

空から降る雨は、空から降る雨でしかない。

それを、

ああ・・雨かあ・・と捉えるのも
やったー!!って大喜びして受け取るのも

人それぞれの解釈。

 

そのもの自体にいいか悪いかなんてなくて、
その人それぞれの解釈が生み出しているに過ぎない。

 

他人や、まわりの状況や、時代の流れ、
そういったものは自分ではコントロールできません。

しようとすると苦しいよ。

 

そうか。
ということは、
逆に自分のことなら自分で選択ができるじゃないか!

自分の解釈や、次の行動は、どうとでもできる。

自分自身で選べるんだ。

そして、その結果どんなことが起ころうが、
すべては解釈次第。

 

これが、これまでの経験から導きだした解釈です。

 

 

以上、
【解釈】人それぞれの解釈でこの世界は作られている【プロレス話あり】
というお話でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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