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プロレスとは人生の比喩|勝ち負けや勝敗はそれほど重要ではない

メキシコの覆面、ルチャ・リブレ、マスクライフスタイル
gozadera123 / Pixabay
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瞑想・ヨガ講師|E-RYT500 YACEP|指導歴10年15,000人以上|YogaJaya Baseworks講師|身体とメンタルの調整法・執着の手放し方・食生活・人間関係など、人生で本当に必要なことを発信|スーツケース1つで生活してます|YouTubeで公開修行中

プロレスとは人生の比喩である

そう聞いても、
あまりピンとこないかもしれません。

 

ぼくの思考のベースには、
常にプロレスがあります。

だいたいのものごとは、頭の中でプロレスに変換され、
プロレスを比喩として物事を考えると、
すごく腑に落ちる。

 

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プロレスとは人生の比喩|勝ち負けや勝敗はそれほど重要ではない

ここのところ、自分のプロフィールを書いたり、
これまでの人生を振り返る機会が何度かあった。

その度に、
プロレスという単語が、
チラチラ思い浮かぶんです。

 

そしてその度に、
プロレスって、人生の比喩だよなあ

と、改めて感じるのです。

 

ぼくは、小学校5年生の時に、
はじめてプロレスを知りました。

それ以来、
勝ち負けにはらはらしたり、
勝敗を競うのに、なんで覆面とかを被っているのだろう?
といった素朴な疑問や矛盾を感じつつ…

それでも、プロレスに不思議な魅力を感じ、
未だに惹かれ続け、自分の中核にあり続けている。

 

ぼくにとってプロレスとは、
人生をはじめ、この世の中を理解する比喩として、
とても大切で特別なものなんです。

 

そこで今回は、

プロレスがなぜ、人生の比喩と言えるのか?

そんなことを、改めて考えてみました。

 

プロレスとは人生の比喩なんです

プロレスとは人生の比喩なんです!

そしてプロレスの部分を、他のものに置き換えて、
あらゆるものの比喩にもなる、とぼくは思っています。

 

プロレスは人生の比喩

であると言える理由は、以下の通り。

 

プロレスとは「明確な曖昧さ」のカタマリである

プロレスが人生の比喩であると考える理由の一つ目は、

明確な曖昧さ

というのが挙げられると思います。

 

プロレスとは、
とても曖昧な存在なんです。

 

スポーツでもないし、
ショーとも言い切れない。

試合で勝敗は競うけど、
勝ち負けが重要かというと、そうでもない。

 

格闘技にも分類もできるし、
芝居や芸術にカテゴライズしようとすればできる。

 

言い換えれば、社会の中で確固たる立ち位置がない。

いわゆるアウトキャスト(社会からののけ者)。

 

その曖昧さや危うさの中に、
自由度があったり、解釈の幅の可能性があるので、
プロレスが確固たる立場を持っちゃったら、
面白くないと思うんです。

 

それがまさに、
プロレスが、人間や人生の比喩だと思う理由です。

 

勝ち負けで評価が決まる人生なんて…
誰かが作った枠に当てはまる人生なんて…

面白くないし、しんどいですよね?

 

この社会とは何なのか?
人生これでいいのだろうか?

常に問いかけ続けて生きている。

 

生き方に正解なんてない、ということが、
プロレスという比喩を通すことで、すごく理解しやすいと思うんです。

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ぼくらが自由に解釈できる余地や、未来の可能性の土壌を、
曖昧さという形で、
プロレスはしっかりと持ち続けてくれているなあって感じるんです。

 

ありがとうプロレス。

 

あ、ちなみにぼくは、
これまでに2回ほど、社会からドロップアウトしてしまった経験があります。

動画でくわしくお話ししました↓

おかしな世の中から抜け出す方法(社会のレールから2回ドロップアウトした話)

 

プロレスも人生も、勝ち負けや勝敗はほとんど重要ではない

プロレスが、
人生の比喩であると考える2つ目の理由は、

勝ち負けや勝敗なんて、あまり意味がない

ということです。

 

プロレスとは闘いである

とよく言われるんですけど、
これには半分賛成で、半分反対です。

 

なぜかというと、
プロレスにおいて勝ち負けっていうのは、
ストーリー上は大切な要素だけど、
本質的には、あまり重要ではないと思うからです。

 

プロレスの試合には勝敗があります。

 

誰かと誰かが闘って、
そのアウトプットが勝ち負けですね。

勝敗は重要ではないとはいえ、
役割はあるんです。

 

このタイミングでこの2人が闘うならば、
こっちが勝つ方が盛り上がるよな、とか。

これまでのストーリーを考えると、
こいつがここで負けることで、
この後の流れが、さらにドラマチックに広がるな、とか。

 

勝敗を軸に未来が描けるし、いろいろ語れる。

 

だけど、
勝ち=いい 負け=ダメ
では決してない、ということ。

 

状況を総合的に判断して、
勝ち負けの意味や価値をいかに創造するかに、
レスラーの力量や個性がにじみ出る。

予想を遥かに超えた選択肢を見せられると、
このレスラーすげえ!って感じます。

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そして観客は、
自由にそれを解釈できる。

人生も同じで、人の数だけ、生き方があっていいはず。

それが、プロレスは人生の比喩だと考える、
もうひとつの理由です。

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プロレスという比喩の中にある、ドキュメンタリズム

プロレスは人生の比喩、と考える理由の3つ目は、

プロレスも人生も、

創作とリアルの、絶妙なバランス

によって成り立っている、ということ。

 

プロレスは、
試合やアングル(試合以外でのストーリ展開)の中に、

これは演出上のことなのか?
あるいは、本当の生の感情なのか?

という、
見ちゃいけないんじゃないか?というような瞬間が、
垣間見えることがあるんです。

 

人間の揺れ動く理性や感情を、
どうコントロールして、配合して、アレンジして、
どう自分の作品として提示できるかに、
レスラーの力量が問われたりします。

 

そこに、正しさも間違いもありません。

プロレスとは、虚と実の境界線を楽しむ、
自由度の高い世界なのです。

 

そして、人生やこの世の中も、
まさにそういうものだと感じませんか?

 

たとえば、
◯◯歳までに結婚しないといけない…
30代の男は、こうであるべき…

みたいな基準や価値観って、
誰かが意図的に作ったものではないですか?

 

将来こうなりたい!
あんなふうな人間になりたい!

っていう夢や願望ですら、
本当の自分の想いではなくて、
テレビや新聞によって、影響を受けたものではないですか?

 

ひとりひとりの人生も、
虚と実が複雑に絡み合ったものだと考えると、
やはり、プロレスは人生の比喩だとしみじみ感じるのです。

 

ちなみに、
自分が本当にしたいことが、よく分からない…
という方は、こちらが参考になれば↓

本当にしたいことの見つけ方|◯◯をやめれば見つかります【超簡単】
自分が本当にしたいことの見つけ方が知りたいですか?この記事では、本当にやりたいことを見つけるための方法について、デザイナー/ヨガ講師/モデルなどジャンルにとらわれずに生きてきた経験をもとに詳しく解説しています。楽しく生きたいという方必見です

 

プロレスの勝ち負け論争

以上が、
プロレスが人生の比喩であると考える理由でしたが、
プロレスと人生においての「勝ち負け」というものについて、
もう少し考えてみたいと思います。

 

プロレスは、
勝敗や強さはあまり需要ではないと言いながら、

プロレスラーの中で誰が一番強いのか?

という妄想で遊べてしまうのが、
プロレスのまたスゴいところです。

 

ちなみに余談ですが、ぼくの中の最強のプロレスラーは、

ジャンボ鶴田

です。

 

ぼくは根っからの新日系なので、
注:プロレスには、新日本プロレスと全日本プロレスの、
  どちらを支持するのか?という、大きなテーマがあります
この結論は自分でも意外なのですが・・。

 

なので、
好きなプロレスラーということではありません。

あ、鶴田好きですけどね。

 

ぼくの中にある、強さとは?の中に、

強そうに見えない

というのがあるんです。

そういうのも含めて、
鶴田最強だなあって思うんです。

 

ご興味があれば、
鶴田 バックドロップ
とYouTubeで検索してみてください。

 

彼のバックドロップは、
理屈では語れない美しさがあるんです。

と同時に、
精密な機能性も合わせ持っている。

 

鶴田論はまたいずれゆっくりと・・笑

 

人生でも同じで、
勝ち負けにこだわってしまうと、結局勝てない
勝ち負けを手放すと、勝手に勝ちが転がり込んでくる

みたいなことって、ないですかね?

 

プロレスを人生の比喩として見ていると、
共通点がたくさんあることに気づかされます。

 

プロレスとはスポーツなのか?ショーなのか?

プロレスと人生の共通点として、もうひとつ挙げられるのが、

真剣なのか、遊びなのか

みたいなこと。

 

たとえばプロレスでいうと、

プロレスは。スポーツか?ショーなのか?

ということがよく言われます。

 

この問いに関して、ぼくはこう考えています。

プロレスとは
スポーツかショーかという既存の枠の上のレイヤーにある

と。

 

つまり、
プロレスはスポーツでもあるしショーでもあるし、
そんな小ちゃなことどっちでもいいじゃん、みたいなこと。

 

プロレスって、

スポーツ/ショー
武術/芸術
哲学/科学

など、一見対極にあるような、
さまざまな分野に、同時に属すことができるなあと、
常々感じていました。

 

だからこそ、
中途半端な、あいまいなジャンルだと言われ続けていたし、
そこに負い目も感じていた。

なんでこんなもの好きになっちゃったんだ・・と苦笑

 

でもこれ、
視点を変えたらすごく腑に落ちたんです。

プロレスとは、それらの領域を全部を包み込むような、
大きな存在だったんだと。

 

全てはつながり、ひとつである、
というヨガや仏教の思想と同じではないですか・・!

 

ちなみに瞑想の練習によって、
そうした感覚が、感じられることがあるのですが、
詳しくはこちら↓

瞑想=無になる、じゃない

 

人生とは何か?
という視点で見てみましょう。

 

この世界には、さまざまな人間がいます。

強い人、弱い人、優しい人、
怒りっぽい人、真面目、よくしゃべる、寡黙、など。

 

職業や社会的立場などもいろいろです。

サラリーマン、軍人、柔道家、
警察官、教師、金持ち、職人、などなど。

 

人間とはこうでなければならない
男とはこうあらねばならない
大人とはこうあるべき

それってホント?

 

ひとつ抽象度を上げると、上記の特徴や違いは、
すべて「人間」であり「それぞれの人生」です。

 

やはり、プロレスとは人生の比喩である

そしてやはり、
プロレスとは人生の比喩そのものだと思うのです。

 

人はみな、
この世に生まれ落ちた時に、
環境や役割、関係性や身体性が与えられる。

家族、兄弟、性別、生まれた場所、環境

それらは選べない。

 

そうした前提条件の中で、
自分の足で立ち、自分の行きたい方向を見つけ、
歩き、走り、時に転び、
自己実現をしていくのが人生だ。

 

与えられた条件をどう受け止めるのか?

どう解釈するのか?

それをどう駆使し、
自分らしい世界をどう描いていくのか?

 

プロレスも人生も、
同じだと思いませんか?

 

プロレスとは人生の比喩である

ぼくのこの解釈に、迷いはありません。

 

プロレスとは人生の比喩|勝ち負けや勝敗はそれほど重要ではない まとめ

以上、
プロレスとは人生の比喩|勝ち負けや勝敗はそれほど重要ではない
というお話でした。

 

プロレスは、
今の世の中の、構造の比喩でもあります。

動画で詳しくお話ししました↓

世界はプロレス|NWO シン世界秩序

● 「プロレスが好き!」とはっきり言ってもいいんです

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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