ブッダはなぜ”友達なんかいなくていい”と言ったのか?

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この記事を書いた人

瞑想・ヨガ講師|E-RYT500 YACEP|指導歴10年15,000人以上|YogaJaya Baseworks講師|身体とメンタルの調整法・執着の手放し方・食生活・人間関係など、人生で本当に必要なことを発信|スーツケース1つで生活してます|YouTubeで公開修行中

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ブッダが”友達なんかいなくていい”って言っていたって、ほんと?
ブッダがなぜ、友達は作らなくてもいいと言っていたのか、知りたい

そんな疑問にお答えします。

人間関係で疲れていませんか?

もしも、必要でないと感じている友達づきあいを、いっそ捨ててしまいたいと思っているなら、ブッダの言葉が役に立つかも知れません。

そこで今回は、
ブッダはなぜ”友達なんかいなくていい”と言ったのか?
と題して、ヨガ講師の筆者が、詳しく解説したいと思います。

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ブッダはなぜ”友達なんかいなくていい”と言ったのか?

ブッダはなぜ”友達なんかいなくていい”と言ったのか?

結論から言うと、
憂いや悲しみというのは、おおよそ執着からくるのだから、あらゆるものを所有することをやめなさい
というようなことを、言っているからです。

あらゆるものを持つな、と言っているのですから、そこには友達を持つ、ということも含まれているわけです。

具体的に、どんなふうに言っているかを、詳しく見てみましょう。

以下は、岩波文庫の「ブッダのことば:スッタニパータ 中村元訳」から引用いたしました。(一部、難しい漢字は開いています)

蛇の章 犀の角

ブッダが”友達を持つ”ことに関して、どのように考えていたかは、スッタニパータの蛇の章、犀の角の節あたりから、記述がはじまります。

あらゆる所有が災いや憂いを生むもとなので、そんなものは捨てて、犀の角のように一人で生きていけ、と繰り返し書かれているのがこの節です。

友達について書かれた箇所を抜粋して、ご紹介していきます。

よろこびもあれば、憂いもある

子を欲するなかれ。いわんや朋友をや。犀の角のようにただ独り歩め。

どういうことかと言うと、

子供が生まれたら喜びもあるけど、憂いも生まれるでしょ。
牛を飼ってたら、得られるものもあるけど、失うこともあるでしょ。

だから、子供を生むとか、牛を飼ういうことも含めて、あらゆる執着を手放すといいよ。

と言うわけです。

そして、子供や牛ですらそうなんだから、友達を持つ、なんてことは、言わずもがな、ということです。

情が湧くと、自分を見失いがちになる

朋友・親友に憐れみをかけ、心がほだされると、おのが利を失う。親しみにはこの恐れのあることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。

とはいえブッダは、”友達なんて絶対に作るべきではない”というようには、断定はしていません。

友達のことを想うと、情が湧くよね。
情が湧くと、自分を犠牲にしちゃいがちだよね。

人間ってどうしてもそういうものだから、独りで生きていくのがいいんじゃないか?というようにブッダは提案しています。

他人に従属しない

仲間の中におれば、休むにも、行くにも、旅するにも、つねにひとに呼びかけられる。他人に従属しない独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め。

友達は、みんなそれぞれ違った価値観や考え方を持っているはずです。

だから、自分が何かをしたら、いろんな人からいろんなことを言われます。

それにいちいち振り回されていたら、自分の行きたい方へ行きづらくなるし、自分が本当にしたいことってなんだっけ?ともなりかねません。

だから、誰にも仕えることなく、誰も従えることなく、ただ独り生きていくといいぞ、とブッダは言っています。

愛すべき仲間と離れることは悲しい

仲間の中におれば、遊戯と歓楽とがある。愛しき者と別れることをいといながらも、犀の角のようにただ独り歩め。

友達と一緒だと、ついつい甘美な誘惑にまどわされることも多いだろう。

だから、友達と離れるのは悲しいことかもしれないけど、独りで生きていくという道もあるんじゃないか、とブッダは語っています。

友達が多いことは、本当に素晴らしいことか?

われらは実に朋友を得る幸せを褒め称える。自分よりも勝れあるいは等しい朋友には、親しい近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪とがのない生活を楽しんで、犀の角のようにただ独り歩め。

ブッダが生きていたころから、世の中には、友達を得ることは素晴らしいという価値観があったようです。

今の社会でもそうですよね。

友達は多い方がいい。仲間はずれはかわいそう

友達100人できるかな?とか、人脈は大事とか。

でもそれって、本当にそうなのでしょうか?

ブッダは、もしも友達を持つのであれば、自分よりも優れた者、自分と等しい者であるべきだ、と言っています。

これは、優劣で友達を選べということではなくて、自分と同じ価値観や生き方を持った人、という意味ではないかと、筆者は考えます。

2つのものは、必ずぶつかり合う

ブッダは、友達を持つことを、金の腕輪に例えてこう語っています。

金の細工人がみごとに仕上げた二つの輝く黄金の腕輪を、一つの腕にはめれば、ぶつかり合う。

このように二人でいるならば、われに饒舌といさかいとが起こるであろう。未来にこの恐れのあることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。

2つの金の腕輪を、同じ腕にはめると、どうしてもぶつかり合って、それがガチャガチャと音をたてるし、お互いも傷つけ合ってしまいます。

そうなることを分かった上で、友達と付き合っていくか、もしくは独りで生きていきなさい、と。


などなど、スッタニパータ蛇の章、犀の角の節から、ブッダがなぜ”友達なんかいなくていい”と言ったのかが分かる箇所を、抜き出してご紹介しました。

友達がいない…
友達との関係で悩んでいる…

という人の、お役に立てばうれしいです。

スッタニパータって何?っていう方は、こちらに詳しく書きましたので、参考になれば↓

特に「犀の角」の節に関しては、こちらにまとめました↓

ブッダはなぜ”友達なんかいなくていい”と言ったのか? まとめ

以上、
ブッダはなぜ”友達なんかいなくていい”と言ったのか?
というテーマで、ブッダが友達に関して語った言葉を、スッタニパータから抜粋し、詳しく解説しました。

書籍で読んでみたいという場合は、内容の精密さ、読みやすさからも、こちらをぜひおすすめします↓

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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